あの台二度と打たない

あれは10年近く前の今ほどの時期、木枯らしはおろか、雪でも降ろうかという時期でした。

当時パチプロ兼サラリーマン、今風に言えば『兼業』として活動していたわたくしは、とあるホールにて強めのイベントが行われるとの事で、忘れもしない整理券４２番を手に、朝一から並んでおりました。

この時点でスロッターの方々ならなんとなく、「死に番。あ、今日はアカんかもしれない」という発想にも至るでしょう。ですがその日は強イベント、年イチのアツい日。
千人は並ぼうかという中で４２番。これはもう「勝て」「年末は少し贅沢しろ」というシグナルでしかありません。いやむしろ「今晩は焼肉パーティをキメたる」、そういう気持ちでいました。

再整列から颯爽と入店、バジリスク絆の設置されているフロアへと若干シャカリキ気味になりつつ、前かがみ気味にたどり着くと、考える事はみな同じ。ギリギリのところで最後の一台が確保された後。

なるほど、絆は無理。あべしチャレンジに勤しもうかとも思いましたが、生憎北斗は反対側のシマ。仕方なく近場の初代アナザーゴッド、ハーデスへと着席したのが運の尽きでした。


十分ほど後、わたくしの座った台はお座り一発まさかの全回転。周囲の羨望の眼差しを一身に受けつつ、ｳｪﾍﾍ、なんかスミマセンといった具合で若干の申し訳なさとともに７７７がゴールイン。内容は犬犬犬と若干しょぼくれていたものの、千円で全回転させて文句なぞ言おうものならバチが当たります。

さらに消化中、周囲の２０台はあろうかというハーデスがバキバキに当たり始め、回転数十分でシマはお祭りのような雰囲気に。そのシマの誰しもが、微笑みつつも獣のように血走った眼を携えていました。



時は少しだけ流れ、他がバキバキに初当たりを稼ぐ中、わたくしの台は1200ハマリからのDOG。当然追加投資です。

GODからのDOGDOGDOGDOGと書くとなんとなくゲシュタルトが崩壊しそうだなと思いつつ、サクサクとATを消化。普段だったら即ヤメしそうな展開ですが、今回ばかりは状況が別。なにせ他の１９台程度が当たりっぱなしなのです。


その後の数時間は修行のような時間。３００ほどハマっては犬、また２００ほどいっては犬といった展開で、気づけば１８時過ぎにして投資は８０本。
音が出そうなほど奥歯を噛んだら、虫歯跡に詰めたアマルガムが転げ落ちたような感触がしましたが、
零れる涙をこらえつつ、涙のものなのか、詰め物が落ちた跡からの血の味なのか、なんとなし鉄の味を口の中に感じつつ、その日２０回は見たであろうDOGを消化し終わりました。

そこからが、凄まじかった。


台の本気、とはまさにこの事。なんと次回の当たりをつかみ取ったのが２０時過ぎの1400ハマり！なんでやねん！
まさかのここに来て、台が豹変。天井手前DOGという神をも恐れぬ所業で心をへし折りにきたのでした。

投資は確か130本に少し足りない程度、時刻は21時手前にして持ちメダルは無しと、泣く泣く席を立ち、少し周りを見渡して帰ろうかとしたとき、後ろで空き台を探していたであろうおっちゃんが、涙でビショビショになった僕の台に着席。

刹那、何故か台のハーデスが、ニヤリと笑ったような気がしたのです。
えっ、と声を出したか出さないかの間際、液晶が暗転し、一日を通してついぞ拝めなかったチョコバーのような絵柄が一直線。

10年近く経ち、今ではわたくしも会社を経営する立場。とはいえ設立して数か月の貧乏企業です。

毎月末、物凄い勢いで空になっては数日後の振込で７～８割回復、というルーチンを眺めるたび、しみじみと思い出すのです。


あの時のメダル、どうにか返ってこないかな。

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