SENZIN伝：第5話「熊田理事」

タイルまん SENZIN伝

「よぉ！久しぶり！」

小汚いラーメン屋に入るとカウンターに茶色い背広を着たカッパ頭の先人が声を掛けてきた。

タイル「あ！理事！お久しぶりです！」

熊田理事。

我が社の理事である。

田舎あるあるなのかもしれないが、定年なんぞとうの昔に過ぎているのに未だに現場の最前線にいる先人である。

熊田「タイラ久しぶりだなー！打ってるか？」

そう言って理事は親指でパチスロのストップボタンを押す仕草をしながらニヤリとすきっ歯を見せながら笑った。

タ「打ってますよぉ！…僕の名前タイルですから！！」

熊「あ、ごめんごめん(笑)どっちも似たようなもんだべ？」

似て非なるものだよ！！

タ「最近パチンコ屋で見ませんね？引退ですか？」

熊田理事は渋柿でも食った様な顔をして

熊「んにゃ、行ってるけどF店に行ってるんだ。あそこは駄目だな。」

なら行くなよ！

心ではそう言えるが役職者にそんな事言えないので、こちらもより渋い渋柿を食った顔をして

タ「そうなんですねぇ…厳しいっすね…」

なんて合わせてみる。

入り口付近で立ち話をしてるもんだから流石に店員から迷惑そうな顔をされたので理事に一礼をして空いている反対側の席に座った。味噌ラーメンを注文して忙しなくラーメンを作っている厨房を見ながら俺は物思いに耽った。

F店か…。懐かしいな。まだ通ってたんだなぁ。

遡る事3年前の秋。今でもあの日の事は覚えている。

夜勤明けで俺と職場の先輩である栗山さんはF店へと向かった。

栗山さんは俺の9つ上の先輩である。しかし9つ上とは思えない見た目とノリで後輩からも慕われていた。昔はハーフみたいな顔立ちでモテていたと聞いたが…今はただの面白いおじさんにメガ進化を遂げた。

そんな面白おじさんと2人で向かったF店は当時、穴場であった。地元民しか通らないであろう裏道に店を構えている。そして客層も近所の先人が暇つぶしに来る程度。パチスロコーナーは50台にも満たないこじんまりとした照明も薄暗くしたスペースでその半分以上はジャグラーシリーズ。

そんな所が穴場？笑わせんな！

そう言いたい読者の皆さん。

設定入ってたの！

しかも設定入っていても先人がメインだからお宝台がワンサカ！更に言えば設定変更もそんなにしていない据え置きばかりという良心的なお店！

そんなF店で2人一緒に打ったのはジャグラーでは無かった。

ぱちすろAKB48。

AKB48のメンバーもろくに知らない2人が当時ハマっていた台である。 3台置いてあったが争う事もなく俺と栗山さんだけが着席。いや、パチスロコーナーに俺と栗山さんだけしかいなかった。

当たらないっすねぇ…なんて話をしながらダラダラと打っていると後ろから肩をポンと叩かれて振り返ると熊田理事が立っていた。

タ「お疲れ様です！」

思わず席を立って挨拶すると

熊「そんなかしこまらなくていい。2人揃って夜勤明けか？」

タ「はい！理事珍しいっすね？ここにはハナっこ置いてませんよ？」

ハナっこ。つまりハナハナである。

こちらの方言で名称の語尾によく「○○っこ」と付けるのである。お茶っこ、牛っこ、馬っこ、ペンっこ…などなど。

しかしジャグっことは言わない。

熊「今日はハナっこの気分でねぇんだ。ジャグの気分だから寄ってみたら見た事ある独身2人が並んで打ってんだもの。」

そう言って熊田理事は、すきっ歯を見せながらゲヘゲヘと笑っていた。

タ「理事もたまにはこういう台どうですか？」

隣のAKBがちょうど空いていたので勧めると

熊「こんなのガチャガチャしてるだけなんだべ！？目ぇ疲れるんだよ。」

そんな文句を言いながら隣に座りサンドにお金を投入していた。

やるのかよ！！

新喜劇ならザザーっと皆綺麗に転んでいただろう。
あぁ…ここが東北で良かった。

熊田理事は普段ハナハナやジャグラーしか打たない。7を揃える位の目押しは出来るので、とりあえず打ち方を簡単に教えた。まぁ思いっきりスイカは取りこぼしていたが。

タ「理事取りこぼしてる！！」

あまりにも豪快に取りこぼしているので思わずツッコむと

熊「あぁ？こんなの見えなくたっていいんだ！」

おぉ…本人がそう言うなら…。

程なくして理事はボーナスが確定した。

じゃんけんボーナス。つまりバケである。

熊「どうすりゃいいんだ？」

タ「最後に3択です。左からグー、チョキ、パーとなっているので好きなボタンを…」

理事は人に聞いた癖に俺が説明している途中でグーを押した。
俺の説明返せよ！！

タ「え！？理事まだ話途中で…」

熊「え？」

タ「…ナイスジャッジ！」

褒めておいた。

タ「理事！もうテキトーに止めちゃいましょう！」

もうバーじゃないのが止まっているからテキトーでもいいか。
どうせラッシュには入…った！！

びががががーーー！！

と、全力で理事の視覚と聴覚を奪いにきたかのような光と音。口をあんぐり開けて理事はフリーズしていた。

視覚と聴覚というか…理事の心臓の鼓動を止めに来たのかな？

タ「理事？大丈夫ですか？」

あれ？理事動かないけど死んでないよな？ゆっくりと俺の方に顔を向けて

熊「何起きた…？」

タ「とりあえず理事！やりました！」

熊「そうか…それなら良かった…。」

何が良かったのかは知らないが俺的には理事が天に召されてなくて良かったわ。

あとは黄色い奴を押し順通りに揃えてくださいと簡単に説明した矢先。 1ゲーム目でダブル揃い。おぉ！すげーな！

…。

あれ？

熊「おい、動かな…」

リール逆回転！

まさか…ヘビーローテーションフリーズ！！

今度は台がフリーズかよ！！

熊「何これ？え？何！？」

いや突然告白された乙女かよ！アタフタするな！！

俺の反対隣で打っていた栗山さんがいつの間にか理事の横にしゃがみ

栗「大丈夫です！理事！大丈夫ですよ！大丈夫ですから！」

なだめんなよ！

熊「どうなって…！？」

熊田理事が栗山さんに何かを聞こうとすると栗山さんはニコッと笑い理事の背中をさすりながら

栗「落ち着きましょう！大丈夫ですから！」

おい！理事を介護するな！！上司だぞ！！

タ「理事、これ沢山メダル出る奴です！」

熊「あぁ…そうか…」

ギュインギュイン鳴って目まぐるしく役物が動くサマを口をポカンと開けて見ている熊田理事。ニコニコしながら熊田理事の背中をさする栗山さん。

だから栗山さんは介護をやめろ！！上司だぞ！！！

その日、理事は栗山さんに介護…いや応援や助言されながら5000枚近く出して帰っていった。

そして数日後…。職場の喫煙所で熊田理事と会うと第一声は

「AKBは面白いな！あれは斜めベルが多いと良い台だ！」

などと数日のうちにマイオカルトを完成させる程ドップリとハマっていた。

更に数ヶ月後…熊田理事は同じ法人の別な施設へと異動してしまいパッタリと会わなくなってしまった。

懐かしいな。

そんな事を思い出しながら注文した味噌ラーメンが目の前に届き、ズルズルと啜っているとあの日と同じ様に肩をポンと叩かれた。

熊「そんなもんばっかり食べてっから太るんだぞ？少し痩せろ！」

ゲヘゲヘと笑いながら側に置いてあった俺の伝票を持っていった。

タ「いやいや理事！」

立ち上がろうとすると

熊「いいから食ってろ！！浮いた分パチンコにでも使っておけ！」

そう言って俺の分のラーメン代を払ってすきっ歯を見せながら笑顔で手を振って店から出て行った。

理事…。

すきっ歯にネギが挟まっててカッコ悪いっす。