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パチスロワイルドサイド-脇役という生き方-
2024.03.26
パチスロ攻略ライター時代の終焉~そうだ、会社作ろう~
街はすっかり眠っていた。駅前を離れると人通りはなくなり、街灯が等間隔に照らす歩道をフラフラと歩いた。駅から10分程度の道のりが、果てしなく遠く感じる。そのへんのベンチに横になりたい衝動と戦いながら、一歩、また一歩と無理やり足を進めた。
今日も不味い酒だった。
ここ最近は楽しく飲んだ記憶がない。飲みに誘われる機会は多く、それ自体はもちろん嬉しい。しかし、ツマミが湿っぽい話ばかりだ。あの機種がどうだとか、あの女がどうだとか、くだらない話で盛り上がっていた20代が懐かしい。
不味い酒なら飲まなきゃいいだけの話だが、飲まずに正気を保っていられるほど世間は俺に優しくない。
どうにか自宅マンションに着き腕時計を見ると、短針は1時を指していた。妻子を起こさぬよう、ゆっくりと玄関のカギを回す。が、ドアを開けた瞬間に背筋がピンと伸びた。
カミさん「おかえりなさい」
――「た……ただいま帰りました」
カミさん「遅かったですね」
――「はい……スミマセン」
カミさん「ちょっとお話があります」
――「……はい」
いつか来るだろうとは思っていた〝それ〟が、遂に来たらしい。
時代の潮流。
洗面所で手と顔を洗い、物音を立てぬよう忍び足でリビングに向かうと、すでにカミさんがダイニングテーブルに腰掛けていた。「面接かよ」などと思いながらも、早足で向かいの席に座った。
――「遅くなってスミマセン」
カミさん「いえ、それはいいんですけど」
敬語が怖い。表情は『怒り』ではなく『諦め』のように見えた。
カミさん「ちょっとコチラを見ていただきたいのですが」
――「はぁ…」
カミさんがテーブルに出したのは、過去3ヵ月分の支払報告書。一般社会でいうところの給与明細に相当するものである。
カミさん「えー、限界ギリギリです」
――「で、ですよねぇ?」
カミさん「±ゼロか、ギリギリ赤字が続いてるんですが」
――「でも私、言いましたよね? ちょっと厳しくなるって」
カミさん「厳しくなるにもほどがありますよね?」
――「……はい、スミマセン」
時は2016年。
パチスロは変わらず人気だった。パチスロフロアの看板機種は5号機・バジリスク絆で、初代沖ドキもバリバリに稼働中。それに伴いパチンコ・パチスロのメディア媒体も好景気となるはずだが、そう簡単ではなかった。
2015年頃までの俺は、ライター業をしながら編集業務も担っていた。月刊化されていないパチスロ雑誌や、たまに発行される一冊本(1機種の特集本)、機種の小冊子などを作っていた。
2015年頃からそういった〝紙媒体〟が急激に減り、編集部サイドも編集部員を持て余しはじめた。そうなると、俺のように在宅で仕事をする外部の編集者は弱い。残念ながら、これは当然のことだ。
俺のような完全フリーのライター・編集者は、攻略誌「H」以外の仕事も受けることができる。たとえばCS番組やYouTube動画への出演もそうだし、他の媒体への寄稿も可能。
対して、毎日編集部に出勤する常駐の編集部員は違う。外部媒体との接触がないため、ほぼ100%が攻略誌「H」関連の仕事となる。必然、守るべきは常駐の編集部員となるわけだ。俺らはそれを了承のうえ、在宅で仕事をしているのである。
そもそも、なぜそこまで紙媒体が激減したのか。それは皆さんもご存じの通りだろう。YouTubeを主戦場とする無料動画媒体が台頭し、無料でパチスロの解析数値を閲覧できるサイトも増えてきた。
パチスロの情報を得るには攻略誌を買うのが1番! その常識が過去のものになろうとしていたのである。というか、これはパチンコ・パチスロ業界に限った話ではない。
スマホの普及により、誰もが簡単にネットを使えるようになった。これまで雑誌やテレビから得ていた情報を、スマホから得られるようになったのである。この流れは、いくら我々雑誌媒体の人間が全身全霊で抗っても止められるものではない。
おそらく人類の正統進化なのだろう。
それでも読者に楽しんでもらえる雑誌を作っていくのが我々の仕事だし、2024年の現在でもそう思っている。しかし、規模が縮小していくのはどうしても止められない。
これまで長年続いてきた「攻略ライター」というビジネスモデルが、いよいよ終焉を迎えようとしていた。もちろん、あえて〝攻略〟ライターと書いたのには理由がある。
いわゆる動画専門の〝演者〟や、第一線で活躍する人気ライターは、紙媒体が減ったとてさほど影響がない。動画収録や来店取材といった仕事は、紙媒体が減っても無くならないからだ。むしろ増え続けると言ってもいい。
誌面を主戦場としていた攻略ライターが、まず真っ先に割を食う形になったわけである。
新時代の生き方。
カミさん「で、どうするの?」
――「どうするって?」
カミさん「仕事が減り続けるんだから、どうにかしないとでしょ?」
――「そうですね……」
ヒマができたぶん稼働する時間は増えた。しかし、妻子持ちの身分で「パチスロで喰わせます!!」とは言いづらい。というか、いくら楽天家の俺でも分かる。パチスロに身を任せるのはあまりに危険だ。
もちろん30半ばを過ぎた体で軍団をはじめとする専業の連中と渡り合っていくのは厳しい。しかし、真に危惧すべきところはそこではない。ちょっと風が吹いただけで、池に浮いた小舟のようにフラフラと揺らぐのがパチスロというもの。
法律(〇号機)が変われば一気にガタッといく可能性が高いし、内規(〇.〇号機の小数点以下)が変わっただけでも急速に衰退したりする。加えて広告宣伝規制の影響もデカい。常に何かに喉元を押さえつけられながら生きるようなものだ。
それでも専業を続けられる強心臓の持ち主を、尊敬こそできるが、やはり妻子持ちの身分でマネしたいとは思えない。40代に近づき、体力の衰えも僅かながら感じている。いずれ体が言うことをきかなくなった際、「なにもできません」では済まされない。
〝手に職〟とまではいかないが、なにか後々まで続けられる仕事はないか……。
カミさん「パチスロ以外のライターはできないの?」
――「できなくはないけど…」
長らく出版業界にいるため、コネは皆無というわけでもない。とはいえパチンコ・パチスロ以外のフリーライターのギャラは安い。誰もが知る週刊誌でも、ページ単価はパチスロ雑誌の半分以下が当たり前。
パチンコ・パチスロライターは稼働してナンボ。稼働せずに記事を書くわけにはいかない。そのためほかの出版業界より高めのギャラ設定になっているのだ。
――「そもそも、もう文章書いて稼ぐのが難しいかもなぁ」
カミさん「そんな…じゃあどうすんの?」
――「それは………考えます」
カミさん「……よろしくお願いします」
その語気から事の重大さが分かる。それでも「飲みに行くな」とか「離婚しよう」などと言わないところが、ウチのカミさんの良いところ。自身が役者だったこともあり、こういった暮らしへの免疫もあるのだろう。
しかし、それに甘えてばかりもいられない。どうにか新しい時代を生き抜かねば。
カミさん「じゃあ、先に休みますね」
――「おやすみなさい」
カミさん「おやすみなさい」
カミさんの背中を見送ったあと、仕事部屋に入ってパソコンの電源を入れた。まずは冷静に考えねばなるまい。自分を窮地に陥っている原因。そして、逆にこの時代に伸びている分野はなにか。
それを理解すれば、これからのパチンコ・パチスロ業界を生き抜く術が見つかるかもしれない。
酔いはすっかりさめていた。
まさかの発想。
編集長「は? 〇〇TVに修行に行きたい? お前が?」
――「はい」
件の夫婦会議から数日後。俺は編集部に出向き、出版業界の師にあたる攻略誌「H」の編集長に相談を持ち掛けた。
編集長「お前さ、ちょっと現実見えてないんじゃないの?」
――「いやいや、やっぱ今からの時代は動画なんスよ」
編集長「分かってるわ、そんくらい! 俺が言いたいのはそうじゃねえ」
キツい口調に見えるかもしれないが、十数年に亘り俺を育ててくれた人物である。悪意がないことは分かっている。
――「と言いますと?」
編集長「あの媒体は、若いガチ系の演者がウケて人気なわけ」
――「まあ、そうスね」
編集長「そこにさ、30半ば過ぎたオッサンが行ってどうなるよ?」
――「厳しいのは分かってます。でも演者としても裏方としても技術を学ばないと」
編集長「で、2~3年とか学ばせてもらうわけ?」
――「そうなりますね。1年じゃ短すぎるかと」
編集長「で、帰ってきたら40だよ。そこから活躍できんの?」
――「そうなるように努力するしか…」
編集長「いや現実見ろって。お前の良さそこじゃねーだろ」
――「俺の…良さですか?」
編集長「無理して若いモンのマネしてもイタイだろ」
――「それは……そう言われると」
編集長「若いモンと別の角度で勝負しねえと」
――「はあ…」
編集長「先方も困るだろうよ。急に『H』から古参のライター来たら」
――「まあ……そうかもしれないっスね」
思い返せば、ただの1度たりとも編集長を説き伏せたことなどない。俺が言ったことを一瞬で理解し、そこから脳内でシミュレーションし、反論不可の正論で返してくる。脳の処理速度がまるで違うのだ。
――「でも動画の時代なのは揺るがないじゃないっスか」
編集長「数年前からそうだよ。だからウチにも動画班あるじゃねーか」
――「はい。ですから俺も動画の分野で仕事を…」
編集長「誌面やってたお前が、ここから動画ね~」
編集長はどっかりとソファーに背中を預け、首を傾げている。
編集長「その〇〇TVでは裏方も学ぶって言ったな?」
――「はい。番組作りから学べればと」
編集長「お前、たしか映像系の専門学校出てたよな?」
――「そうですけど、まだフィルムの時代っスよ」
編集長「ふはは、フィルムとかいつの時代だよ!」
――「いやマジでフィルム最後の世代ですから」
専門学校の授業はフィルム撮影がメインだった。俺はビデオ実習にも参加したが、専攻が音声だったため、ビデオに関しては撮影も編集もまったくの素人だ。
編集長「裏方か……ゆくゆくは制作会社とか作んの?」
――「せ、制作会社!?」
CS番組の制作会社でバイトしていた俺としては懐かしい響きだ。
――「いや、そんな大きなことは全然考えてもないですが」
編集長「でも、他誌のライターさんに制作会社やってる人いるじゃねーか」
――「たしかに。知ってる限りでは二人ほど……」
会社を作るなど考えもしなかったが、たしかに悪くない案だ。俺は演者としては失敗したが、もちろんCS局や他の制作会社、メーカーにも繋がりがないわけではない。もちろん攻略誌「H」も動画に注力していくわけだから…
俺が営業を担当し、仕事を引っ張ってくればいいわけか。
なにより〝ライターが制作会社を経営し成功している〟という前例がある。これがデカい! 経営者のお二人は俺より遥かにビッグなので、俺に務まるかは不透明。とはいえ、このままなにもせず座して死ぬわけにはいかない。
――「制作会社か……」
編集長「おお! ライター卒業おめでとう!」
――「ちょ待って! なに卒業させようとしてんスか!」
編集長「ふははは、しない? 卒業しない?」
――「いきなり卒業はナイんじゃないスか!?」
編集長「っだよ、残念だな~」
――「オイィ、残念がらないでくださいよ!!」
無料動画媒体へ修行に行く話は無くなり、制作会社の設立という新たな方向を目指すこととなった。
つづく
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- ラッシー
- 代表作:パチスロワイルドサイド -脇役という生き方-
山形県出身。アルバイトでCSのパチンコ・パチスロ番組スタッフを経験し、その後、パチスロ攻略誌編集部へ。2年半ほど編集部員としての下積みを経て、23歳でライターに転身。現在は「パチスロ必勝本&DX」や「パチスロ極&Z」を中心に執筆。DVD・CS番組・無料動画などに出演しつつ、動画のディレクションや編集も担当。好きなパチスロはハナビシリーズ・ドンちゃんシリーズ、他多数。
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