スロッターあらすぃ最終回 後編「明けない夜はない」

前編
スロッターあらすぃ最終回 前編「それでも日は昇る」
http://pachiseven.jp/columns/column_detail/15484#contents


夢を見た。
子供の時の俺がいた。

公園で走ったり、腕を振り回したり、自分の身長よりも何倍も大きな大樹を蹴っていた子供だった。
周りからは好奇な眼差しで見られていたが、俺には何をしているか分かる。

お前、ヒーローになりたかったんだよな。
弱きを助け、悪を挫く。そんなヒーローになりたかったんだよな俺は。


今の俺はどうだ。
あの頃の俺が見たらどう思う。


”そうだ、今の俺は過去の俺に顔向けできるか？”
”子供の頃のお前が夢見ていた姿は今のお前か？”
”逃げ続け、前を見なかったのが今のお前だろう”

夢で見てきた俺が、現実の俺を罵る。
いや、俺も今は夢の中なのだから俺が俺を罵っているのか？

強者と拳を交わした俺が、変なかぶりものをした俺が、プロレスラーの格好をした俺が。
俺自身が、俺を罵る。心臓を貫きそうな冷たい声で俺を罵る。

さっきまで鮮明に見えていたはずなのに、黒いモヤをまとい俺を囲む。

「やめてくれ…やめてくれ…」

黒いモヤは、心無い言葉を……。
いや、いつも俺が寝る前に考えていることを、俺に浴びせる。
体が溶け、心が溶け、足の裏から夢の世界と同化しそうなそんな感覚に陥る。

「お兄ちゃんから離れろ！！」

俺という存在が、黒いモヤにより消えかかろうとしていた。
そんな時に声変わりもしていない高い声が響く。

子供の時の俺がこっちに向かって一直線に駆け出していた。
木の枝を握り、腕を振り回し、夢の中とはいえ不格好だなと思った。

子供の時の俺は大声で何かを叫んだ。
その瞬間、黒いモヤは霧となり、消え去ってしまった。


お兄ちゃん大丈夫？と聞く子供の時の俺。
やめてくれ、そんな目で見ないでくれ。
曇りなき瞳で、未来は明るく自分は何ものにもなれると疑いを知らない目で、俺を見ないでくれ。

おまじないかけてあげるね。これを聞くとすっごく元気が出るんだ。
「絶対できる、絶対大丈夫」

なんの変哲もない、ひねりもない言葉だった。


だけど、俺は思い出した。
子供の時にお袋が俺に掛けてくれた言葉。
幼い時に親父を失い、ずっと泣いていた時にかけてくれた言葉。

どうして忘れていたんだろう。
溶けていた体が徐々に元ある形を取り戻す。

「絶対できる、絶対大丈夫」
小さい時から、ずっと言い続けられたじゃないか。

「絶対できる、絶対大丈夫」
親の負担にならないために親元を飛び出したのは何のためだったのか。

「絶対できる、絶対大丈夫」
大事なものを失い、大事なものを忘れ、大事なものを……。


さっきまですべてが同化していたのに、いつのまにか二足歩行で立っていた。
子供の俺はまだ側で”俺たちの”必殺技をつぶやき、祈り続けている。


「もう大丈夫、君のおかげで助かったよ。」
「良かった！」
「ねえ、一つだけ聞いてもいいかな？」
「うん、良いよ！」
「夢は、いつまででも叶うかな？」


二回りも年が違う過去の俺に何を聞いているのだろうか。
しかし、思わず、聞かずにはいられなかった。

「絶対できる、絶対大丈夫だよ！」


小さなヒーローは屈託のない笑顔でそう答えた。
その瞬間、夢から覚めるような感覚が俺を襲う。


夢を見ていた。
夢を見ていたかった。
夢を叶えたかった。

俺を襲った黒いモヤも、俺自身なんだ。
夢を叶えたくても、叶えられなかった、俺の姿なんだ。





目を覚ました。
知らない天井だった。
腕には点滴がさされている。

椅子には、お袋が泣き腫れた顔をして眠っていた。

そうだ、俺はスロットを打っている途中に倒れたんだ。
病院の看護師が財布をみて、実家に連絡をしたのだろう。


お袋、ごめんな。
でも、大丈夫。


俺は正義のヒーローになる。
それに匹敵するような仕事あるだろう。
今から本気で目指すよ。

「絶対できる、絶対大丈夫だよ！」

どこからか声が聞こえたような気がした。
この必殺技があれば、どんな逆境でも乗り越えられると思った。

スロッターあらしぃ　終

5