ステイフーリッシュ

生きていく上で、予習は大事です。

私は多感なハイスクール時代の8割を麻雀、残りの2割をバスケットボールで埋めてしまったため、予習などしたことがありません。勉学の方は、テスト前日に留年を逃れる程度に、同級生から借りたノートのコピーを頭に詰め込むくらいでした。

ゲームをしても攻略本は見ないので、ファイナルファンタジー5ではものまねしゴゴに出会えなかったし、6の魔大陸においてはシャドウを見殺しにしてしまいました。

実社会においても、予習は必須です。

私と友人二人で初めて新宿歌舞伎町に足を踏み入れたのは、19歳の頃お互いパチンコで大勝した日でした。その目的を、はっきり言います。「風俗」というものに行ってみたかったのです。

我々のむせかえるような性の香りを敏感に嗅ぎつけたのか、目つきの鋭いアロハシャツに速攻でロックオンされました。

「お兄さんたち！いい店いくかい？7000円ポッキリだよーん」

歌舞伎町の呼び込みの勧める店にホイホイついて行くなど、横山典弘騎手の単勝に全財産を賭けるほど危険な行為であることは、歳をとった今ならばわかります。ですが、そこは血気盛んな怖いものしらずの十代です。

「いいんですか？そんなに安くていいんですか？」

我々はふんがふんが鼻息を荒くしながら、呼び込みについていきました。

薄暗い裏通り、寂れた雑居ビルの2階に、その店はありました。

受付で7000円を支払い、それぞれ個室に通されます。

わくわくしながら待つこと数分、若干、いやまあまあ小太りのスレた女性が不機嫌そうに入ってきました。

「う、うーん…でもまあ7000円ならこんなものなのかな」

と、首を傾げつつも納得していたところ、その女性に何の前置きもなく服を脱ぐように言われました。むしろ、命令口調でした。お客様にその態度はないだろう、いやでも7000円だものな、と再度自分に言い聞かせ、羞恥心を感じながら全裸になったところ、彼女が衝撃の一言を放ちました。

「7000円っていうのは入場料な。プレイ代は42000円だからね」

これには流石の私も怒り狂いました。全裸とはいえ相手は女性、間違いなく戦闘力はこちらが上なはずです。

「女ァァァァァ！舐めんなや！！」

そう叫んだ瞬間でした。個室のドアが開き、私より数倍ドスの効いた声で、

「やかましいぞコラァァァァァァァァァァ！」

長男が海坊主、次男がナッパでこいつが三男的なルックスの、しっかりとしたヤクザが登場しました。

これはやばい！バスケットボールで培った反射神経が、私を動かします。守らなきゃ！一番大事な部分を守らなきゃ！と本能が働き、手近にあった靴下を手に取り股間を隠しました。恐怖心で縮こまるはずの我が分身ですが、そこは１０代ともあって天をつくようにそそり返っており、ゴルフクラブにカバーを被せているような状態になりました。

「クソガキがあ！！ふざけてんのかテメェは！！」

余計なお茶目をキメてしまったため、友人より多めのお説教を頂戴し、財布にあったほぼ全財産を取り上げられてしまいました。

それもこれも、「歌舞伎町は危険である」という予習を怠ったために招いた惨劇と言えるでしょう。

しかしながら、人生において唯一予習をしないほうがいいことがあります。

それが、パチンコなのです。

私がパチンコを始めたのは、至高の名機と言われる「ルパン三世K」が出た頃でした。その当時、パチンコには「確変は5連まで」のリミッターが搭載されていました。

あれほど味気ないものはありません。ルパンの場合、リミットの5連目はなんのアクションもなく青字が揃って終了です。ルパン三世Kは名機であったのですが、それだけが不満でした。

とはいえリミットの5連に届くことなどめったになく、しっかり負ける毎日を過ごす最中、現金機のルパン三世Vが登場します。

ルパン三世Vには3.7ルパンで150回、それ以外の確変絵柄で80回、青字なら50回の「時短」がついてきます。

その当時、我々はパチンコ界において、駆け出しの身でした。

「時短ってなんだ？」

無制限や一回交換は何度かCR機を打って理解したものの、現金機というものに触れる機会があまりなかったので、時短というシステムを知らなかったのです。

「まあ、とりあえず打ちにいってみるか」

と、近所の人気のないホールに向かいハンドルを握ること数分で、友人のKがルパンで当たり時短150回をゲット。スルーします。

その後に私が青字で当たります。そして、50回転の時短中に再度当たりを引きました。

時短中の背景はCR機の確変と同じく夕方で、リーチがかかればほぼスーパーに発展します。

「なあ…これ、もしかして青で当たっても50回の確変がついてくるってことじゃね？」

「ああ、間違いないわ」

バカの思い込みほど無敵なものはありません。それから我々は「時短」を今でいう「ST」と思い込み、ドル箱の山を築きあげました。

私は最高7連、Kに至っては9連しました。

リミッター機全盛の時代に、この連チャンです。

「時代は現金機だぜ！」

人気のない店内に向かってそう叫ぶと、はしゃぎながら養老の滝に祝杯を上げに行きました。

あの日の我々の思いは、明らかに「確率」を超越しておりました。事実、数日後に時短の意味を半笑いの先輩に教えられるまでは、80%ループのST機を上回るほどの確率で、ルパンVを連チャンさせていたのです。

「あのやろう、余計なこと教えやがって。連チャンしなくなったじゃねえかよ」

Kと親切な先輩について散々陰口を叩きましたが、真実を知って以来、ルパンVはうんともすんともいわなくなりました。

このことからも、パチンコにおいて余計な知識や予習というものは、一切必要ないとわかります。

パチンコを打つときは、バカになるのが一番です。

私はこれを「思い込み攻略」と名付けました。

ジャグラーに引き続き、またも谷村みたいなことを言ってしまいましたが、私は心のどこかでまだ彼を愛しているのかもしれません。
前田慶次も「疑うくらいなら信じて裏切られるほうがよい」と言っておりますし、今度ブックオフで彼の漫画を見かけたら、100円だったら買ってもよいかな、と思いました。

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