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馬鹿で無知だったあの日の僕
馬鹿で無知だったあの日の僕
-
さん
- 投稿日:2021/03/18 01:31
僕は根っからの飽き性だ。
自分がやろうと決めたことであっても一度壁にぶつかると辞めてしまうことが多く、いろんなものに手を出しては数か月後に、短ければ一か月ももたずに諦めていた。
ゲーム・音楽活動・ダンス・動画制作・ブログなど、やっては諦め、またやり始めたと思ったら別の活動をしている。一貫性がない、という言葉が顕著に当てはまるのだ。
そんな僕だからこそ勉強は特に嫌いだった。小学生の頃から感じていたのだが、全く興味のないものを記憶しなくてはならないことが苦痛で仕方なく、どうして勉強をしなくてはいけないのかいつも疑問だった。
当然のようにテストの点は低く、提出物も出さないため成績はとても悪かった。
だが学校自体は嫌いではなかった。友達に会えるからである。
近所に住んでいるノブ、同じ空手道場に通っていたリョウ、クラスのボスのような存在のソウキ、挨拶代わりにハグとキスをしてくるタクヤなど十人十色のメンツがそこには居た。
僕は彼らと遊ぶのが大好きだった。学校に着いたら一日のスケジュールを決めあい、休み時間は校内で遊びまわり放課後は誰かの家やゲームセンターに行く毎日。ある種の青春のような日々を送っていた。
勉学をサボり遊ぶ毎日。当然のようにそのツケは回ってきた。居残りだ。
いつもだったら誰かの家にお邪魔してゲームを遊んでいたあの時間、あの高揚感ある時間が強制的に止められたのだ。
不服だった。「今日も居残りか、前までは遊べていたのに」と思う日々。
これじゃあ学校に行く必要なんてないじゃないか。
ああ、どうすれば居残りがなくなるんだ。
そうだな、例えば____
「例えば、大地震でも起きれば居残りがなくなるのに」
そう思った。
その日が10年前のあの日、
2011年3月11日14時46分
東日本大震災の日だった。
教室が 波打つように揺れた。
何かが割れる音、悲鳴、
教師の声、サイレン、
明るかったはずの空、
「○○!大丈夫か!?」
そんな中、僕の手を握ってくれたソウキ。
全てが鮮明に覚えている。
これが、地震なんだと
これが、災害なんだと
僕の考えが、余りにも軽率だったと
馬鹿で無知な小学5年生の僕の頭に流れ込んでくる"それ"は余りにもリアルだった。
そしてこの後、僕は更なる現実を知ることになるのだがそれはまた別のお話。
最後までお読みいただきありがとうございました。東日本大震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
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このコラムへのコメント(3 件)
私も勉強、特に数学が嫌いでしたが。今ならあの時の自分にこう伝えます。確率だけでも勉強しておけと。
その日ってのは辛いですね。
本当に小説のような出来事でした…
小学生でしたか…。怖かったでしょうね。