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パチスロワイルドサイド-脇役という生き方-

パチスロワイルドサイド-脇役という生き方-

2020.06.23

パチスロ開発は数年先を行く。新規参入メーカーの開発力。

ラッシー ラッシー   パチスロワイルドサイド-脇役という生き方-


入谷改札を抜け、パンダ橋口から外に出た。そこからスグにエスカレーターで1階分だけ下り、歩道橋広場を左手に進む。コレがいつもの定番ルートだ。ここでさらに左前方を見ると、迫力のある「東京スカイツリー」を拝むことができる。しかし、それは近年のこと。この当時は、まだその骨組みすらなかった。

首都高をくぐり、さらに巨大なパチンコ玉のようなオブジェをくぐる。そして眼前に現れたエスカレーターを降りると、そこがかの有名な東上野パチンコ村。通称「パチンコ村」である。
 

パチンコ村とは?
パチンコ・パチスロメーカーの支店やショールームが密集したエリアの通称。遊技機メーカーだけでなく、周辺機器メーカーや販売会社(販社)などのショールームも多い


 

ライターの名刺。

頬を垂直に伝う汗をハンカチで拭いつつ、足早にポプラ(コンビニ)を目指した。パチンコ村での取材の際は、一旦ポプラ前に集合してから向かうのが、我が編集部の伝統だ。まあ、そのポプラも現在はナイのだが……。

案の定、すでに編集長はポプラ前でコーヒーを飲んでいた。

――「おはようございます」
編集長「おはよう。今日も暑いな」

――「もう取材前にびしょ濡れですよ」
編集長「冷たいモンでも飲んでクールダウンしとけ」

――「はい。今日はこの2人ですか?」
編集長「いや、Fが来る」

――「Fが担当編集なんですね?」
編集長「そう。あ、お前名刺持って来たか?」

――「ええ、取材時は必ず持ってるんで」
編集長「ほう、ライターのクセにマメだな」

――「ずいぶんトゲのある言い方ですね」

パチンコ・パチスロライターの多くは名刺を持たない。特に一線で活躍しているタレント性が高いライターほど、名刺を持たない傾向がある。理由は簡単。ライターは、その顔こそが名刺だからだ。

名刺を持つヤツは一流ではナイという風潮がある。これは一線で活躍するライターが、あえて自分を追い込むための枷(かせ)でもあるのだろう。「業界中の誰にでも知られるよう、誌面とTVで活躍してやる!」 そういった意思表示の意味合いが。もちろん単純に面倒だから持ちたくないという人物もいるだろうが、それがまかり通っている時点で、そのライターは成功していると思っていい。


しばらくすると編集部員のFが現れた。予想通りシャツの色が変わっている。

編集長「おう、おせーぞ」
F「すんません、電車遅れちゃって」

すでに俺はフリーライターに転身しているが、Fと俺は同期入社だ。Fは仕事ぶりが認められ順調に出世しており、すでに攻略誌「H」においてデスク的なポジションを任されている。

F「1本、1本だけ吸ったら行きましょう」
編集長「しょうがねえなぁ、1本だけだぞ」
※コンビニ前に灰皿がある時代です

F「あざ~す!」

煙草に火を点けると、美味そうに紫煙を吐きながらFが言った。

F「しかし……はじめてのメーカーは緊張しますね」
編集長「たしかに……少しな」

そう、この日は某メーカーへの初取材だった――。
 

綺麗な部屋。

広報A氏「では、こちらで少々お待ちください」

エアコンの効いた部屋に通され、我々は生き返るような感覚を覚えた。A氏が上司を呼んでくるため席を立つと、我々の緊張は少し和らいだ。

F「は~、綺麗な部屋だな~」
――「たしかに」

新規参入メーカーへの初取材に立ち会った経験は何度かある。その取材場所は倉庫のようなところか、町工場の事務所のようなところと相場が決まっている。しかし、ここはどうか。

白い壁に飾られた見慣れないメーカーロゴ。部屋の隅には素人目にも高いと分かる見事な生け花もある。それらが不自然なほど立派だった。

――「これで新規参入ね…」
編集長「ふふ…たしかに驚くわな」

通常、新規参入メーカーにはあまり余裕がない。それはそうだろう。機械が売れた実績、つまり売り上げがないのだから。

編集長「さすがは〇〇〇ってことだろう」
――「資金力が違いますね」

〇〇〇とは、誰もが知る大企業である。要するにこのメーカーは、遊技機メーカーとしては新規参入だが、とある大企業の子会社というわけだ。

F「どんな台作ったか楽しみっすね」
――「…さあ、どうだか」

たしかに親会社の大きさは知っている。しかし、他分野で大きな成功を収めているからといって、面白いパチスロを作れるかと言えばそうではナイだろう。パチンコの老舗メーカーですら、パチスロを作るのに苦労するのだ。パチスロメーカーがパチンコを作る際も然り。パチンコ・パチスロで面白い機種を作るのは、それほどに難しいのだ。

しばらくして、広報のA氏が上司を伴いやってきた。

B氏「はじめまして。どうぞあちらにおかけください。まずは冷たい物でも飲みましょう」

ひとしきり名刺交換を終えると、A氏から機種の説明がスタート。こう書くと失礼ではあるが、概ね予想通りの機種だった。特別新しいシステムに挑戦したわけでもない、オーソドックスなボーナス+RT機である。

いや、むしろ平凡であってほしいと願っていたのは俺の方だった。「新規参入第1弾だからインパクトのある機種を!」と必要以上に気負い、珍妙なシステムで大コケされたら目も当てられない。売り上げを得るためにも、まずは置きに行くのが正解だ。市場の開発力に追いつくまでには時間も掛かるだろうし――。

A氏「…説明は以上です。では、実際試打して頂きましょう」
――「お願いします」

編集長「じゃあラッシーとFは調べて。俺はBさんと話すから」
F「了解です」

試打は俺とFだけで、編集長はB氏と話し合い。思った通りの流れだ。新規参入メーカーとは、この話し合いこそが重要になる――。
 

関係の構築。

他メーカーの話になるが、新規参入というと思い出されるのは数年前の出来事だ。まだ俺が編集部員の頃である。とある新規参入メーカーから編集部あてに1本の電話があった。それも尋常ならざる剣幕で。

編集長「はあ、スミマセン。ええ…スミマセン」

対応した編集長は、ひたすら謝罪を繰り返していた。

編集長「事情は説明に上がりますので、ええ…大変申し訳ありません」

十数分の長い電話が終わると、編集長は憔悴しきった様子だった。

――「どうしたんすか?」
編集長「どうもこうもねーよ。ガチギレだよ」

――「え? 誰が?」
編集長「△△△が」

――「ええ!? マジすか?」
編集長「なに解析載せてんだ! 訴えてやる!!って」

当時の新規参入メーカーである△△△は、攻略誌に解析が載ることなど一切頭になかったらしい。それゆえ解析数値が掲載された攻略誌「H」が発売されるなり、上層部がブチギレたそうな。

ちなみにコンピュータ・プログラムにも著作権が存在する。それゆえ勝手に解析しても、メーカーの許可なく公表することは難しい。攻略誌や攻略サイトに解析数値が出るのは、メーカーとメディア媒体の信頼関係があるためだ。

近年はSNSの個人アカウントで「現役稼働中の実機を買って解析しました!」などという投稿を見かけるが、なかなかの危険行為なのでオススメはできない。「私、著作権を侵害しました!」というようなモノである。実際に公表し訴訟を起こされたら、まず勝ち目はナイだろう。


編集長「いや~、取材行った時に再三説明したんだけどな」
――「分かってくれた感触だったんですか?」

編集長「広報部はな。でも上層部がキレてるらしい」
――「なるほどですね…」

編集長「さて、ウチもエラいさん連れて説明に行ってくるか」
――「…頑張ってください」

この件は話し合いを続けた結果、どうにか先方に理解して頂いて事なきを得た。もしもこの時の対応を誤っていたら、△△△の機種は一切誌面から消えていたことだろう。
 

連行。

上から目線のようになり申し訳ないのだが、試打させて頂いているデビュー作は面白くないわけではなかった。初めて作った機種とは思えない程度の完成度に達している。しかし平凡なボーナス+RT機だ。システム面でもリール制御面でも、特別難しいことはやっていない。

――「これは3時間もありゃ調べ尽くしそうだな」
F「だね。RTのループシステムも既存機と変わらないし」

リール制御は少し退屈。1枚役を搭載しているのだから、もう少しやりようはありそうだが、デビュー1作目にそれを求めるのは酷だろうか。そんなことを考えていたら……

編集長「では今後、宜しくお願い致します」
B氏「こちらこそ、宜しくお願い致します」

話し合いが「無事に」終わったらしい。こちらも調べたいことはあらかた調べ尽くした。残りはホール導入後の実戦で調べればいい。俺とFは編集長の「そろそろお暇するぞ」を待った。が――

編集長「ラッシー・F、ちょっとコッチ来い」
――「はい!?」

編集長「ちょっと隣の部屋行こう」
F「ええ? なんすか? 恐い恐い」

B氏「いやいや、恐がることじゃないですよ」
編集長「お前らに見てもらいたいモノがあるんだと」

――「見てもらいたい…モノ???」
 

別の次元。

促されるまま隣の部屋に入ると、白い布がかけられた「何か」が並んでいた。ここが遊技機メーカーであることを考えると、当然パチスロ機に違いないが…。デビュー目前の第1弾機種を差し置き、こんな演出までして何を見せようと思うのだろう。

B氏「こちら、まだ開発中でして…」
編集長「ちょっとお前らに打ってみてほしいんだと」

F「はあ、もちろん構いませんが…」
A氏「では、布を取ります」

A氏がバサリと布を取ると、そこに現れたのは細工の細かいド派手な筐体だった。下パネルに書かれた機種名は…なんとなく見覚えがある。

――「ああ、あのゲームとのタイアップ機…」
A氏「さすが! よくご存じで」

――「いやいや、このタイトルなら誰でも」

国民的人気ゲーム…とまではいかないものの、誰もが1度は耳にしているほどの有名タイトルだ。ゲームそのものより登場人物が人気で、ゲーマー以外からも広く支持されている。

B氏「きっと驚かれると思います」
F「それは楽しみですね」

促されるまま席に着き打ち始めると、デモ用の仕様だったのだろう。スグにボーナス告知らしきものが発生した。

――「これが…何です?」
B氏「ARTですね」

F「やっぱりART機も作られていたんですね」
B氏「もちろん。これからはARTの時代ですから」

なるほど。やはり新規参入第1弾は「置きに来たダミー」 本命はコッチというわけか。

スグにFの台にもART告知が発生。2人同時にARTをスタートさせることにした。しかし――

F「なあ…なんか準備中長くね?」
――「たしかに」

ART機はどんどん市場に溢れてきたが、どれもボーナス成立やボーナス終了をきっかけに起動するARTばかり。シンプルなシステムなのである。それに対しコレは、移行リプレイのようなモノを複数回引いてもARTが始まらない。これはどういうことだろう???

そして、いざARTがスタートすると…

F「わっ! 見て、押し順ARTだ」
――「ホントだ!」

すでに押し順ARTは存在していたが、まだまだ色目押しARTが主流。大手メーカーのメジャー機は色目押しART機ばかりだった。

そして液晶の動きもスゴすぎる。いわゆる3Dポリゴンだが、数えきれないほどの人数が液晶の中で暴れ回っている。今でこそ当たり前だが、当時でこの映像処理能力はまさに驚異的と言えた。

その迫力に圧倒されていると、リール上で「何か」が揃い、液晶に見慣れない文字が出現。

F「何か引いたの?」
――「分からん…回してみるか」

すると、リール上で有り得ない事象が数ゲーム間連続し、上乗せの連打が発生! けたたましく上乗せ音が鳴り響く。

――「な、何だコレ!?」
F「何が起こってんだコレ?」

――「分かんねえ…こんなの打ったことねえ!」
F「…もうなんか怖いよ」


30分後――
編集長「そろそろ帰るぞ」
――「はい…」

俺とFはマラソンでも走ったかのようにクタクタだった。打ち慣れない妙なARTを打ち、目と脳を酷使したためだろう。

B氏「どうでしたか?」
F「いや、どうもこうも…」

――「すみません、理解が追いつかなくて」
B氏「ふふふ…そうでしょう。今はこういうのを作ってるんです」

F「はあ…何かもうスゴいとしか言いようが」
B氏「あ、この機種のことは一切他言無用でお願いします」

A氏「見たことすら秘密で」
編集長「お前ら、マジで極秘だからな」

――「ええ、分かってます」
F「気を付けます」

その後、挨拶を済ませて取材は終了。俺たちは再びポプラ前へと向かった。
 

タイムマシーン。

俺は煙草の煙をめいっぱい肺に含み、雲だらけの空を見上げた。遠くから力強いセミの声が聞こえる。

――「何だったんだ、あの台は」
F「もうワケ分かんねーのな」

編集長「おいおい、取材しに来たのは別の台だろ」
――「いや、あんなモン見せられたらこうなりますって」

F「なんか未来のパチスロ見せられた気分だったな」
――「だな。現代のARTと全然違う」

F「混乱して頭おかしくなるかと思った」
――「俺も急に未来連れてかれたみたいで気持ち悪い」

編集長「ふはは、いずれアレを攻略するんだぞ?」
――「マジか…全然自信ないなぁ」

取材に行ったら想像通りの平凡なボーナス+RT機が出てきた。そう油断しきっていたら、自分の常識が通用しない未来のART機が出てきた。そりゃ驚いて当然だ。スーファミのソフトを買いに行ったら、Switchのデモプレイを見せられたような感覚である。

なによりの衝撃は、当時のARTシステムをほぼ完璧に理解しているにもかかわらず、一切ART中のRT状態遷移について行けなかったことである。「今、何が起きているのか」の把握さえままならなかった。

きっと広報さんは、はじめからあの「未来の機種」を見せるつもりだったのだろう。「ボーナス+RT機を見てナメんじゃねえ! ウチにはこれだけの開発力があるんだ! システムを見抜けるもんならやってみやがれ!!」 そんなつもりで我々に打たせたのではなかろうか。

そして俺はまんまと敗れた。

ARTの定番の形が出来上がる頃だ。もうしばらく驚くような機種は出て来ないだろう。そう高を括っていたが、まさか新規参入メーカーで別次元のART機を見せつけられるとは――!


この「未来の機種」がリリースされたのは、1年後や2年後でなく数年後だった。つまりパチスロの開発は、常に数年先を行っていることになる。ライターがどんなにパチスロに詳しくとも、それはあくまで「これまでリリースされた機種」の範疇。それは開発からすれば「遅れた知識」なのだ。そう思い知らされた1日だった。
 

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ラッシー
代表作:パチスロワイルドサイド -脇役という生き方-

山形県出身。アルバイトでCSのパチンコ・パチスロ番組スタッフを経験し、その後、パチスロ攻略誌編集部へ。2年半ほど編集部員としての下積みを経て、23歳でライターに転身。現在は「パチスロ必勝本&DX」や「パチスロ極&Z」を中心に執筆。DVD・CS番組・無料動画などに出演しつつ、動画のディレクションや編集も担当。好きなパチスロはハナビシリーズ・ドンちゃんシリーズ、他多数。

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