パチ７Ｑ

絶対に負けられない戦いと言えばさ、俺にもあったんだよね。
若い世代は知らないと思うけど、昔はパチスロ競技団体のWPA(World pachislot association)ってのがあってさ、俺もそこに所属してたワケよ。
これでも若い頃はけっこう名の知れた存在でさ、「ビタ押しのオカ」なんて呼ばれてたんだ。

いつものようにパチスロ出玉バトルマッチが組まれて、機種はタイヨーの『トライアンフ』だったかな。
レバーが無くてボタンでリール始動させる変わった機種だったんだけど、その日はさらに特別でさ、対戦相手がトリニダード・トバゴ人だったんだよね。
国際試合だなんて実況もはやしたてて、「絶対に負けられない戦いがここにある」とか勝手に言ってんだよ。

負けていい戦いの方がめずらしいだろとか、トリニダード・トバゴにパチスロあるのか、とかぼんやり考えながらも試合は進んでさ、ハーフタイムまでにクソうるさいボーナスファンファーレをたてつづけに流して、1000枚くらいリードしたんだよね。

休憩してたらオーナーが控室にやってきてさ、「絶対に負けられない戦いがここにある」とか言うんだよ。
急にどうしたんださっきも聞いたわアホかと思いながら控室を出るとさ、廊下に国内ランク4位のビタ押しのケン、同12位のビタ押しのリョウコ、同800428位のビタ押しのシゲアキが並んで立ってんの。
なんで全員異名が同じなんだよとか、シゲアキの順位から考えると多分ビタできてねぇよとかいろんな考えが浮かんできたけど、とりあえず揃ってどうしたんだオマエら異色BIGかよと言ったんだ。
すると彼等は声を揃えて返してきたよ、「「絶対に負けられない戦いがここにある」」って。
だからなにそれ、誰かに言わされてるのかよ。

変に笑って会場入りしたら対戦相手のトリニダード・トバゴ人も腕組みして待っててさ、待たされて怒ってんのかなと思いながらリングに上がったら、目を見開いて「絶対二負ケラレナイ戦イガココニアル!!」って言うんだ。
おまえもか、さっきまでスペインなまりの英語だったのに急に日本語喋ったよ。

後半戦スタートの合図と共に司会者も「さぁ、絶対に負けられない戦いがここにある」って言いだした。
ルールかよ、土俵入り前に塩まくとかそういうアレか。

若干ペース乱されながらも、なんとか前半のリードを守ってたらさ、リングサイドから応援に来てた妻が声援を送ってくれるわけ、「あなた頑張って」ってね。
正直ホッとしたよ、愛する妻からあのセリフが出るんじゃないかってヒヤヒヤしてたからさ。
ただ解説担当者は「オカ選手の奥様も応援に駆け付けているようですね、絶対に負けられない戦いがここにあります」とか言うし、司会者も「なるほど、ん絶ッッッ対に負けられない戦いがここにあるという事ですね」と変にクセつけてかかぶせてくる、うるさい黙れ、それ言わなきゃ死ぬのかおまえら。

そして途中REGが7連して危ない場面があってさ、会場から応援コールが響いてきたんだ。
最初はワーワー言っててよく聞き取れなかったけど、

「……あるっ!」「ここにある!」「ここにあるよ!」

って言ってるのが次第にわかってくるんだよ、そんで注意深く耳をすますとさ、

「絶対に!」「負けられない!」「戦いが!」「ここにある!」

小学生の卒業式か、「みんなで行った」「修学旅行!!」みたいになってるんだ。
いつの間にか妻も「ここにあるっ!!」とか元気よく言ってるし。
よくわからないけど、スタートボタンから第三停止までのボタンを押すごとに「絶対に!」「ここにある!」とか合わせて声出す流れができちゃってるし。

そもそもこの声援なんなんだよ、どっちの応援ってことでも無いだろ、「ここにある」って何があるんだよ、何もねぇよ。
リングの上には二台のトライアンフと審判とトリニダード・トバゴ人と真っ青な顔した俺だけだよ。
もういよいよ怖くなっちゃってさ、最後の方は祈るようにボタン連打したよ。

「絶対「絶対「ぜ「絶対「絶対に「z

やめてくれ、律儀に連打にあわせて叫ぶな。



まぁ、なんとか試合は勝って終われたんだけどさ、勝利者インタビューの時にアナウンサーがマイクを向けて聞くんだ、どういう気持ちで戦いに臨みましたかって。
……ちょっと考えたけどもうここは言うしかないだろアレを、正直頭の中あのセリフでいっぱいだったしさ。

少し照れながら言ったよ、俺は。



「ぜ、絶対に負けられない戦いがここにある、って気持ちで戦いました」ってね。





今でも納得していないのは、発言後に会場が沈黙に包まれて、アナウンサーまでも「突然何言ってんだコイツ」みたいなキョトン顔してた件だよね。