しくじり店長・第52話『孤軍奮闘の限界』

元・店長カタギリ元・ホール店長カタギリのしくじり店長

「今日は飲み会があるので私は先に上がらせてもらいますね！　遅番はベテランのスタッフも大勢いるし、カタギリさんは皆さんと仲良しですから、もう大丈夫ですよね～！」

皮肉交じりの台詞を言い残すと、帰り支度を済ませたクマダ店長はタイムカードを押してサッサと事務所を飛び出して行った。

「……あ、自分も今日は歯医者を予約しているから、お、お先です」

先輩社員の立場でありながら新入社員ひとりを店に残して大丈夫だろうか、そんな戸惑いを隠しきれないマルヤマ主任も、額の汗を拭いながら上司の背中を追う。それはもはや、日常的な光景だった。

近隣店舗の改装工事による長期休業。それに伴う他店からの流動客によって店内は連日の大盛況だ。ここが頑張り時であるにも関わらず先輩社員はキッチリと午後5時過ぎに退社して、早番に引き続いて遅番も任された社員は私ひとりだけという信じられない有様だった。

おそらくはスタッフとの信頼関係をいち早く築いた私が面白くなかったのだろう、元々アルバイトから評判の悪かった店長や主任は露骨なまでに私を目の敵にしていた。ホールのことなどお構いなしで現場の仕事は私に丸投げ、わかりやすい新人いじめだ。だが、こんな子供じみた嫌がらせで根を上げる訳にはいかない。今こそが頑張り時なのだ。

店長の言うとおり確かにアルバイトスタッフはベテラン揃いだが、およそ客数に見合わぬ戦力だった。それを補うには私が何倍もの仕事量を背負うしか無い。現場での力仕事に加えて集金業務、データ管理、販促活動、入替作業の段取り等、頼りにならない先輩社員の力など借りずに全て一人でこなす私の労働時間は1日平均17時間。文字通り、朝から晩まで必死に働くことでしか自分の存在理由を感じられない毎日だった。

「カタギリさん、マジで大丈夫ですか！？　メッチャ顔色が悪いですよ……」

「店長も主任も、何で先に帰っちゃうんですかね、店のこと何も考えてないですよね？」

アルバイトスタッフからの同情の声にも、作り笑顔を浮かべながら返答する。

「大丈夫、店長から現場を任されているのは有難いことだよ」

ぜんぜん大丈夫じゃないわ、こんなの身体が持たないよ、そう心の中で呟きながら。紆余曲折を経て、私鉄沿線の小規模な老舗ホールで身を削るようになってから三か月弱。私にとって激動の年となった2007年は、多くのパチンコファンの熱気と喧騒にまみれた店内で汗を流し続けるうちに、駆け足で過ぎ去って行ったのである。

明けて2008年、1月。

この年、最初のビッグイベントは大型新台入替だった。パチンコの最新台『CRエヴァンゲリオン　～使徒、再び～』の大量導入を控えて、私はその準備作業に忙殺されていた。昨年末にリニューアルオープンを行った近隣店舗の盛況によって稼働はようやく落ち着きを取り戻したものの、当然ながらそれは喜ばしい状況では無い。今回の新台入替、導入台数はなんと40台以上。他店との稼働競争は熾烈を極めることになるだろう。なんとしても、この新装開店を成功させなければならない。そんな思いだけが先走りしていた。私は、ひとりでカラ回りしていたのだろう。

自分ひとりの力で何とかしてやろう、そんな思い上がりに対する報いを、私は入替当日の朝に受けることとなった。一連の作業をようやく終え、1時間ほどの仮眠を取っていた午前6時過ぎに事務所にかかってきた一本の電話によって、私の眠気は一気に吹き飛んだ。

「おい！　この行列をなんとかしろよ！　ウチの住民の通行の邪魔だろうが！」

受話器の向こう側で怒鳴り声を上げているのは、近隣アパートの大家さん。剣幕に押されて店外に飛び出した私の目に飛び込んできたのは、整理券配布時刻まで3時間以上もあるというのに既に店頭に座りこんでいた数十人のお客様。タバコの煙を吐き出しながら、早朝にも関わらず友達同士で大声を張り上げながら、店舗に隣接するアパートの出入り口を塞ぐように長蛇の列をなしていたのである。

私はその行列に向かって、慌てながら呼びかけた。

「スミマセン！　ここでの喫煙はご遠慮願います！　あと、こちらは住民の方の出入り口になりますので、スペースを空けて頂けますか！？　また早朝ですので、近隣の方のご迷惑になりますのでお静かに願います！」

想像を超えて集まった集団に向けての注意喚起の最中、私の肩が強く叩かれた。驚いて振り返るとそこには、大柄な男性が眉間に皺を寄せていた。

「カタギリ君、整理券を配って、いったん解散してもらいなさい、俺のところにも苦情の電話がかかってきたんだよ、ここの大家さんから」

私の耳元で鋭く言い放ったのは、我が社のオーナーだった。会社の責任者である彼の目は、この新入社員は使えねえな、という侮蔑の色に満ちていた。

結局、予定よりも大幅に早く配り終えた整理券を求めて来店されたお客様ひとりひとりに頭を下げつつ事情を説明しながら路上で3時間余りの時間を過ごした頃、ようやくクマダ店長がニヤニヤしながら私の元へと近付いてきた。その不遜な態度にはお客様、そして近隣住民からのクレームに対応していた私に対する労いの言葉など期待してはいなかったが、彼の言い放った一言は私の想像をさらに下回る、生涯忘れられぬものであった。

「カタギリさんダメだよ！　ここのアパートの大家さんとウチの社長は友達なんだから、迷惑かけちゃダメダメ。こういう時は、さっさと整理券を配らないと。あ、社長とここの大家さんには俺から謝っといたから大丈夫、急いでホールの開店準備、ヨロシク！」

入替作業にも参加せず、部下に指示も与えず、開店30分前にやってきて勝ち誇ったような表情を浮かべながら説教を垂れる上司。そのニヤケ面にも、Yシャツの袖から飛び出している腕の剛毛にも心底、吐き気が止まらなかった。しかしながら、自分の判断ミスで来店客だけでなく近隣住民に迷惑をかけたのも事実。理不尽に対する怒りを必死で抑えながらも上司に頭を下げつつ、心の中だけで大きく声を上げた。

「覚えていろよ、お前にだけは絶対に負けないからな！」

盛況となった新台のシマの入り口に飾られた、碇シンジや綾波レイの大型POP。店内BGMはもちろん『残酷な天使のテーゼ』や『魂のルフラン』といった名曲が大音量で流れている。それらひとつひとつは、この日を迎えるために念入りに準備したものなのに、肝心の入場時の人員配置やトラブル予測といったシミュレーションが頭から抜け落ちていたために、全てがぼやけて見え、おぼろげにしか聞こえてこなかった。

その日、味わった悔しさによって私はそれまで以上に強く『ユーザー目線』を意識するようになった。自分がもしも朝から店に遊びに行く一般客だとしたら、そのホールには何を求めるだろうか、そして何をされたら腹を立てるだろうか。朝から来店される熱心なお客様、初めてホールに足を運んでくれる大切なお客様に、可能な限り満足して頂けるにはどうすればいいのだろうか。間違うことは仕方ないのだ。失敗を恐れなくてもいいのだ。数多くの『しくじり』によって、人は少しずつ成長するものだから。

そう自分に言い聞かせてみたものの、やはり一人の力ではホールを動かすことはできない。その事実を、身を以って知っていたはずの自分もまた、同じ痛みには気付けなかった。目まぐるしく変化していくパチンコ業界において、自店もまた大きく変動する。しかしながら、その移行は必ずしも好転するとは限らないのである。

カタギリ・今週の1枚

パチ7編集長とハニートラップ・梅木さんが参戦したニコナナの生放送実戦に、私もプライベートでお邪魔しておりました。

凱旋かハーデスでGODを引いたら即帰宅オッケーという企画の裏で、演者をさしおいて 5スロのポセイドンで2回もGODを引いた結果は、一撃7,000枚オーバー。

規格外ならぬ『企画外』の大活躍でしたが、8月の収支は3ヶ月連続のマイナス。 4パチや20スロだと、とことん引けないんですよねぇ……。

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この記事へのコメント（6 件）

元・店長カタギリ: 投稿日：2017/09/30; チャラオレさま。

そういうお店もめっきり少なくなっていますね～。
基本、利益最優先のオーナー目線ですからね。
営業的には利益が無ければ還元できないから仕方の無い話ですが、個性の感じられないホールばかりしか生き残っていないのは非常に残念に感じます。

元・店長カタギリ: 投稿日：2017/09/30; あっきさま。

雑誌媒体が売れなくなって、様々なオマケが付いてますね最近は。
雑誌だけ読みたい人にとっては価格も上がるし、困った傾向ですな。

元・店長カタギリ: 投稿日：2017/09/30; ガラムさま。

本番に弱い、という意味も込められたりしています（笑）。

トリオレの三男: 投稿日：2017/09/06; ユーザーの目線を意識してくれるホール…
そんなホールで私は負けたい…
否、勝ちたい…w

あっき: 投稿日：2017/09/06; こんにちは、カタギリさん
かなりの苦労しながらも、一人ではどうもならんときはあります。
色んなしくじりから成長しているのはいつか糧となっていくはず。
ところで、熟女好きのカタギリさん、最近はエロ本も下着ついたエロ本がありますな笑←ほんと

ガラム: 投稿日：2017/09/06; 企画外！！

ウマい！！！

元・店長カタギリ: 代表作：しくじり店長

シルバ〇アファミリーみたいに小さなパチンコ店の責任者から一転、雑巾がけがメインの業務となってしまった事務員へとグレードダウン。そんな設定①のスランプグラフのような半生を、隔週水曜日に連載させて頂いております。タイトルは「しくじり店長」。パチ屋の店長が平社員へと降格していく逆サクセスストーリーを、海物語シリーズの泡リーチを見つめるような気分でお読みください。